「持続可能な農的暮らし」「自給自足」に憧れていた西尾さん夫妻。偶然知った有機農家を訪ねたのがきっかけで、新規就農の世界に飛び込みました。豊かな自然も、温かい人との距離も近い。そんな上富良野で愛情たっぷりに育った有機野菜は、多くのファンに愛されています。「好き」や「心地よさ」を大切に暮らし、充実したサポートを受けて子育てにも奮闘。変化を楽しみ、次々と新しい扉を開くお二人に、移住ストーリーを聞きました。
移住スタイル:Iターン
移住年:2016年3月末
移住時の年代:30代
家族構成:夫婦、娘二人
趣味:子どもとの時間
[移住のエピソード]
全てのきっかけは、有機農家の大先輩
札幌が地元の菜緒さんと、埼玉県生まれの淳さんが出会ったのは、札幌の大学でした。学生時代に農業や自給自足、自然エネルギーに関心のあった菜緒さん。卒業後にやりたいことを探し回るうち、「持続可能な暮らしがしたい。そのためには農業がいい!」と考えるようになりました。
やがて札幌の青果店で、運命的な出会いを果たすことになります。
今に至る「全てのきっかけ」という存在が、移住した上富良野町でこの道30年の有機農家・武藤講三さん。青果店で武藤さんの有機野菜を見つけた菜緒さんは、すぐに「見学したい」と連絡を入れました。
武藤さんの歓待を受け、1週間滞在。農的暮らしや人柄、雄大な自然に引き込まれました。淳さんも「農業をやるならこういう所がいいね」と同じ思いでした。
その後、武藤さんのつてをたどり、西尾さん夫妻は、道内の有機農家を訪ね歩きました。ただ、育てる野菜や栽培方法で自分たちの理想とするスタイルは、すぐ見つかりません。「武藤さんの農園で研修したい」という思いを抱きつつ、子育てしながら札幌に3年とどまりました。
そんな折、武藤さん宅のすぐそばに住む人が引っ越すと知り、菜緒さんはその家の購入と移住を即決。武藤さんに導かれるように、再び上富良野にたどり着きました。「上富良野のことは全く分かっていませんでしたけど…」と菜緒さんは笑います。
[実際に移住して感じること]
「全く孤立しない」。驚きの子育て支援
移住したのは上のお子さんが小学校に入るタイミングで、下のお子さんがお腹にいる状態でした。多くの情報を持たないまま札幌から転入し、武藤さんのもとで2年間学んだ西尾さん夫妻。驚いたのは、充実した子育て環境でした。
「移住してすぐに出産して、保健師さんがとても気にかけてくれました。ファミリーサポートにも加入し、全く孤立しませんでした」と菜緒さんは振り返ります。町の子育て研修で、すぐ友人もできました。「移住1年目から子育てが楽しく、ほとんど一人で子育てしていた札幌とは全く違いました」
特に大きな支えになったのは、菜緒さんが「こサポ」と呼ぶNPO法人「こどもサポートふらの」の活動です。「24時間いつでも預かってくれ、すごい安心感でした。入院の付き添いや病児対応もできて、ママ友もみんな助けてもらっていました」と絶賛します。淳さんも「子どもの面倒を見てくれる親戚が近くにいなくても、安心して移住できる環境です」と太鼓判を押します。
自宅は十勝岳に抱かれた盆地の高台にあり、周りでのびのびと子どもを遊ばせることができます。「この景色もあって、マンション暮らしの札幌時代よりストレスはかなり減りました」と菜緒さんは振り返ります。
[上富良野町の暮らしの特徴]
買い物も、学習支援も。ネットで補完
趣味は「子どもとの時間」というだけあって、西尾さん夫妻の暮らしの中でもウエートが高いのは、保育や教育です。「町内の保育所は4つあり、どこも素敵で、自分に合ったところを選び放題です」と菜緒さん。淳さんも「小学校は校区外に特認校があり、少人数で手厚い態勢です。小回りが利き、特色ある教育を受けられます」と満足げです。
一方で、塾がなかったり、高校の選択肢が少なく大学がないなど、札幌と同じようにはいきません。それでも菜緒さんは「子どもが興味あることをオンラインで探したり、アプリで勉強したりできます。都会とはもちろん情報量は違いますが、ツールを使って補える部分はあります」と割り切っています。
旭川まで車で1時間半、札幌まで2時間半という立地もあり、車があれば移動も大きな負担ではありません。ただ医療体制は、町内で全ての診療科をまかなえるわけではなく、旭川など近郊の病院に足を運ぶケースはあるといいます。
生活必需品は町内のドラッグストアなどで手に入り、ネット通販が普及しているので、買い物には不便を感じないといいます。
[上富良野町の魅力]
人との距離が近くて温かい。自然がそばで美しい
新しい土地に移る時、気になるのが人付き合いです。西尾さん夫妻にとって、人との距離が近いのは新鮮で心地よいものでした。「農家さんもお店の人も、役場の人でも、誰かと知り合うとどんどん繋がります」と菜緒さん。仕事や地域の行事など、人のつながりがあって形になることが多いようです。
車が雪にはまると、どこからともなく救援のトラクターが登場。町内の集まりでは、おばあちゃん方が嬉々としてお子さんの面倒を見てくれました。「ご近所さんが子どもの好きなお菓子を買い込んで、配布物を届ける時なんかに、くれるんです。見守られているな、と感じます」と菜緒さんはうれしそうです。
晴れた日の夜に空を見上げれば、いつも「天の川」に見守られているようなロケーションもお2人のお気に入り。Nishio Farmのロゴマークにもなっている雪が好きで、白一色の静寂に包まれる冬は、気持ちが安らぐといいます。
冬に十勝岳頂上近くの温泉宿のオーナーに、安政火口まで連れて行ってもらった時は、そのダイナミックな自然に息をのみました。「上富良野は暮らしに困るような山奥の田舎ではないのに、家から30分圏内でこれほどの自然がある。すごい所です」と菜緒さん。すっかり魅せられています。
山が近いので登山が楽しく、お子さんも大好きという絶景の温泉もすぐそば。これほど贅沢な環境にいると、休日も楽しくなりそうです。
[移住を検討されている⽅へメッセージ]
十分な下調べの後は「まずはやってみる」
出産から保育、小学校まで上富良野で子育てを経験してきた西尾さん夫妻。菜緒さんは、「安心して子育てする土台がある場所なので、自然の中で子育てしたい方には、ぜひ来てほしいです」と呼びかけます。
移住で気になる仕事については、「新しく事業を始める方にもおすすめです。サポートしてくれる人が多く、若い人もたくさん活躍し、それぞれに熱心に仕事をしている雰囲気があって好きですね」と菜緒さん。
就農については、十分な下調べや、人手を必要としている農家で現場に飛び込んでみることを勧めます。菜緒さんは「育てる野菜が違えば業種が違うほどの違いがあり、オーガニックか慣行栽培かでも大きく違います。見学でも体験でも、インターンでも、まずやってみないと分かりません」と力を込めます。
特に富良野エリアは、農業を掘り下げるのに打ってつけ。「農業のネットワークが充実していますし、私が通った北海道富良野緑峰高校の農業特別専攻科は手厚いです」と、魅力をアピールします。営農の傍ら学べるスタイルで、道外への視察研修なども充実しています。
上富良野町内では10数年ぶりの新規就農となった西尾さん夫妻。淳さんは「移住した当時より、もっとウェルカムな雰囲気になり、ハードルは下がっている感じがあります。Nishio Farmとしても、就農を検討されている方にアドバイスできれば」と、新しい仲間が増えることに期待を込めます。
[取材を終えて]
これまで西尾さん夫妻は、料理好きが多い個人客にレシピを贈ったり、リトルプレス(小冊子)を発行したりと、自分たちがストレスなく取り組める工夫と挑戦を重ねてきました。
2021年の冬の入り口には、自宅のある敷地内に小屋がお目見え。「やりたいこと」を詰めこんだ、18㎡の店舗を兼ねた加工場です。近くに住む人の力を借りて、少しずつ形にしました。
移住して5年。菜緒さんは「栽培は難しいし、毎年違うし、まだ初心者で混乱ばかり。全然、『農的暮らし』じゃないんですよ」と大きく笑います。
西尾さん夫婦の暮らしは、自分たちの「好き」「心地よさ」を犠牲にしない、ナチュラルな魅力をまとっていました。
札幌市生まれ。2016年に移住し、近くに住む有機農家のもとで2年間研修。2018年に新規就農し、ニンニクやニンジンなど40種ほどの有機野菜やハーブを栽培するNishio Farmの代表を務める。
西尾淳(にしお・じゅん)さん
埼玉県生まれ。大学進学のタイミングで北海道へ渡り、菜緒さんと出会う。Nishio Farmでは農作業のほか、「子育て担当」の肩書をもつ。二人三脚で子育てと野菜づくりを楽しむ。
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